先日ブータン国王ご夫妻が来日したのをきっかけとして、ブータンという国・・・とりわけ「GNH(国民総幸福度)」に対する関心が高まっているが、今年の初め、「仏教を巡る旅:(第3集)幸福の王国を目指して」と題するNHKのTV番組を観た。 作家の五木寛之氏がブータンを訪れ、今も仏教の教えとともに生きる人々の生活を伝えながら、ブータンの「GNH」について探究する内容であった。

 国民所得が日本の1/50以下であるにも拘わらず、何故、ブータン国民の97%もの人が「幸せ」だと思っているのか(?) その一方、物質的にも遥かに恵まれた日本では、何故、毎年3万人以上もの自殺者が出てしまうのか(?)・・・という疑問を五木氏がブータンの政治指導者に問いかける。


              ロイヤル・ウエディングの祝賀イベントに集まった人々

 今回の旅では、私自身もNHKの番組と同じような視点からの問題意識を持ちながらブータンを訪れた。・・・たかが1週間という短い旅ではあったが、コラムの最終回は「GNH(国民総幸福度)」と題して、私なりに見たり感じたりした「幸せの国:ブータン」について考えてみたいと思う。

 ・ブータンは世界初の禁煙国家:
 ブータン唯一の空港:パロのイミグレで入国審査のために並んでいた時のこと。タバコの持ち込みに関する厳しい注意事項が大きく掲示されていた。即ち、個人使用以外のタバコの持込み禁止とか、本数制限、罰則などが書いてあった。
 今やどこの国に行っても、交通機関や公的な場所での禁煙は常識になりつつあるが、ブータン政府の場合は、国民の健康を考えて2004年末に世界初の禁煙国家を宣言し、同時に国内での販売も禁止したのである。・・・単なる掛け声だけではなく、具体的に「GNH」を推進していることを実感させる入国となった。

  ・空港の銀行両替でまさかのゴマカシ:
 次は空港の銀行で両替した時のことだ。ガイドと相談して取り敢えず20ドルだけ両替することにした。窓口の中年女性によれば交換レートは1ドル=48.3ヌルタムとのこと。私が領収書の発行を求めると「たったの20ドルじゃない」と言ってくれなかった。そのあと、市内のレストランに移動して昼食となったが、ビール代を払う前に改めて金額を数えてみたところ、50ヌルタム=約80円不足していた。
 他の国ではよくあることなので、両替時には必ずチェックしているのだが。・・・まさか幸せの国の銀行員が誤魔化すとは思ってもいなかっただけに、たかが80円のこととは言え気分が悪かった。
 
                ティンプーの動物園に来ていた家族連れの親子



            どこの国に行っても子供達は無邪気で天真爛漫である
                お揃いの制服を着た小学生と先生:プナカにて

  ・ブータンの教育・医療費は原則無料: 
 ブータンでは、教育と医療費が全て国費で賄われている。教育については徹底した英語教育が特徴で、小学生の時から授業は全て英語で行われており、特に会話に重点が置かれているそうだ。
 従って、子供達は皆かなり英会話が達者である。これはネパールもほぼ同様であり、日本の英語教育の在り方には大いに疑問を感じさせられる所でもある。
 修学年数は小学校が6年、ジュニア・スクール2年、ミドル・スクール2年、ハイ・スクール2年で、小学校~高校までの年限は日本と同じ合計12年。大学は全国に3つ(内・私学が1校)ある。教育費は小学校~大学に至るまで全額国費負担が原則なので、基本的には無料と考えて良いとのことだ。
 (以上は全てガイドから聞いた話なので、多少間違っているかもしれないが・・・)

*なお、ブータンの人口は約70万人弱だが、財政支出のうち教育・医療費が約30%を占める。一方の歳入は、インドに売る水力発電が40%、観光及び農林産物の輸出で30%、諸外国からの経済援助が30%という比率になっていて、政府としては外国援助に頼らない経済的自立を目指している。
 因みに、電力の99%が水力発電で賄われており、地方の村では50世帯程度を1つの単位としたミニ水力発電や、太陽光発電の積極的な導入が進められているとのことである。



             ティンプーのメモリアル・チョルテンをお参りする人達

  ・チベットと良く似た光景:
 今から約8年前の2004年5月にチベットを訪れた。中国・雲南省のシャングリラ~空路でチベット自治区の首都ラサに入り、聖地カイラス山を巡礼したあと、チベット圏にある青海省の町を廻る約2ヶ月の旅であった。・・・ブータン・チベットとも同じチベット仏教を信仰する国なので、当然のことながら各地の寺院や人々の生活は殆んど同じように感じられた。
 特に、上にご紹介したティンプーの「メモリアル・チョルテン」をお参りしている人達を見ると、手に持ったマニ車をくるくる回しながら、ラサのジョカン(大昭寺)をコルラ(聖なる場所の周りを巡拝すること)していた人々の姿を見るような錯覚さえ感じたものだ。

   ・ブータンとチベットとの比較:
 以前に訪れた時のチベットと今回のブータンでの印象を、私なりに比べて見ると次の通りである。
・チベットでは人々の笑顔を余り見掛けなかったが、ブータンの人達の方が明るい感じがした。
・民家の建物がブータンの方がはるかに大きくて立派だった。
・自然条件の厳しさの違いもあろうが、農村の風景を見てもブータンの方が豊かそうに見えた。
・ダライラマの写真などは勿論、全てにおいてブータンの方が自由な国という印象が強かった。

 つまりは、今や完全に中国の領土に組み込まれ、政治的にも経済的にも被支配者の立場に置かれてしまったチベット。一方、お隣の大国・インドの強い経済的な影響を受けながらも、あくまで″独立国″としての地位と誇りを保っているブータン。・・・それによる人々の自由と幸福感の違いを大いに痛感させられたと言ってもよいだろう。
 ・・・だからこそ、小国ブータンが生き残るために、「物質的な豊かさよりも、自国の文化や自然を大切にしながら、精神的な豊かさを目指す」という「GNH」を国是として掲げた前国王の考えが理解できるような気がしてならない。



            ガイドのノルブさんと運転手のテンジンさん:パロの農家にて

  ・ブータンの人達は本当に皆んなが幸せなのか?
 「あなたは今、幸福ですか?」という質問に対して、ブータン国民の実に97%の人が「Yes」と答えたという調査結果があるそうだ。「幸福」という意味に対する価値感の違いがあるのかもしれないが、もし同じ質問を日本人にしたとしたら、果たしてどんな数字になるのであろうか。
 
 今回の旅の終わりに、インタビューというほど大袈裟ではないが、1週間ずっと一緒だったガイドと運転手、そして、最後に泊まったホテルの女性従業員の3人に同じ質問をしてみた。

・まずは奥さんと子供2人という運転手のテンジンさんの答えは: 「I’m very happy now」
・次に、ガイドのノルブ氏には、別れ際に最後の質問をしたところ: 「Yes」「Why not!」
 ただし、ノルブさんとは旅の途中でもいろいろな話をした。・・・例えば、車とかパソコンや電化製品の事などについて、私がどんなものを持っているのか興味深そうに聞かれたこともある。また、首都ティンプーで沢山のマンションが建設されているのを見て、私が彼の家の事について尋ねると、「買いたいとは思うけど、自分の給料ではとても無理」という答えが返って来た。
 
・ブータンでは一般家庭にもTVが最近どんどん普及しているようだが、ホテルではイギリスのBBCやNHKの国際放送も見ることができた。また、インターネットはまだそれ程でもなさそうだったが、携帯電話は殆んどの若者達が使っていた。・・・人々が国外からの情報を知れば知るほど、若者を中心として旧来の価値観やライフスタイルが変化していくのは自然の成り行きかもしれない。そして、今後、国の経済が発展すればするほど所得格差が拡大していくことは間違いないだろう。

 最後に私がパロで泊ったホテルの従業員:「Gem Lham」(ジェム・ラム)さんにインタビューした内容をレポートしてこのコラムを終わりたいと思う。

 ジェム・ラムさんが勤務しているホテルに宿泊した3日目の朝のこと。前日に一緒だったヨーロッパからの団体客が帰ったあとだったので、朝食の時、レストランには彼女と私の2人だけとなった。そこで、「今、貴方は幸せですか?」と聞いてみた。・・・すると、迷うことなく「Yes」という答えが返って来た。
 今年20才になったばかりという彼女は、近くの農家の出身で、母親と弟2人、妹1人の5人家族の長女だという。英語は学校で勉強しただけだとはいうものの、かなりの会話力があった。
 父親は1年前に亡くなったとのことで、死因は「飲み過ぎて身体を壊したため・・・」と言って、明るい彼女が少し悲しそうな顔をした。

 彼女は父親が死んですぐ、家族のためにホテルで働くようになった。月給は4500ヌルタム(約7200円)。1日10時間近い勤務で、休みも年間に数日間だけだが、そんなに辛くは思わないという。
 趣味は歌を聞くのと歌うこと。1000ヌルタム(1600円)で買ったという携帯電話を持っており、友達も携帯を持っていてよく話をするそうだ。(1枚50ヌルタムのプリペードカードを使っている)
 お金は家族のために貯めているので余り使わないが、「出来ればきれいな服が欲しい」と言った。・・・いずれはもっと収入が多い仕事がしたいけれど、何がいいのか分からないし、今はまだ決めていないとのことだった。

            ブータンを離れる日。ホテル出発前に2人で記念写真を撮った

 彼女から「ブータンのGNHのことは知ってますか?」と聞かれた。私は「勿論知っているけど、あれはブータン政府の政策であって、貴方にとってどうかは別の問題じゃないかな?」・・・と答えておいた。

           *          *         *         *

 「苦しみは人間の欲望から生まれる」というブッダの教えがある。強い信仰心に支えられながら、我々からみると物質的には貧しい質素な生活をしているブータンの人達ではあるが、これから先、国外の様々な情報や豊かさを知るととともに、果たして人間本来の「欲望」をどこまで我慢できるのか・・・「GNP」(国民総生産)よりも「GNH」(国民総幸福)という国の政策通り、今後ともブータン国民が幸福だと感じ続けられるかどうかは、人々が「欲望」を克服できるのかどうかに掛っているように思う。

 以上、6回にわたって連載してきた「旅のコラム」を今回で終了するが、追って、HP「熟年:世界の山と旅」に「ブータン紀行」と題するブータン総集編を掲載しますので、ぜひご覧ください。

by masaok15 | 2011-12-15 11:32 | ブータン・コラム

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